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最近の私のブログはニュースの内容を取上げて、それに対する自分の意見を書くことが多くなった。それもほぼ愚痴に近い内容が。 特にニュースに対して何を思うようになったのは、ニュースに寄せられるコメントの影響が大きいと思う。 コメントが書き込めることは先日の記事で紹介したが、今まではニュースを見てもそれを自分の中だけで解釈して完結させたり、周りと話して気持ちを消化させたのだが、寄せられるコメントがまともすぎるのと自分の考えてと同じ方向なので、気持ちが助長させられているようだ。 「インターネットは悪意に満ちている」 これは某掲示板に対する書き込みが閲覧者の気持ちを掻き立てることから言われることになったのだが、確かに感情移入して読んでしまうと寄せられたコメントにより感情が左右されることがある。 さらに聞くのと違い、目で見る文章はその時の閲覧者の心理状況に左右される点も大きい。 「これはバラエティだ」「参考意見だ」と考えて読めばそういうことはない。 さて、今回のニュースサイトのコメントも上記と同じ要素を含んでいる。 今まで何とも思わなかった記事が感情の入ったコメントと一緒に読むことで気持ちを向ける対象になりやすい。 それも怒りの入った対象に。 今日も「<岡山突き落とし>少年、アスペルガー症候群と診断」という記事に対し、さまざまな意見が寄せられている。 まず一つは加害者がアスペルガー症候群と診断されてが、それは犯罪傾向とは無関係とされること。 そして、"アスペルガー症候群"と診断名を出したこと。 これ自体を公開したメディアのこと。 弁護側が精神鑑定を行ったこと。 また私の意見だが、記事を読んだだけなら「そういうことがあったんだ」で済むのだが、コメントを一緒に読むと、その感情の流れに流れされてしまう。 メディアは「簡易精神鑑定で"アスペルガー症候群"と診断された」、ただそれだけを伝えている。 これで無罪主張するとも書いてないし、"アスペルガー症候群"に注意を呼びかけるものでもない。 これで"アスペルガー症候群"の人が犯罪に関与すると受け取った閲覧者は文章をよく読んでいないか、ただメディアを叩きたいだけだろう。 私にとってはこの記事で"アスペルガー症候群"という病気を知った。 逆に病気のことを知ってもらって受け入れやすくなったり改善に向かう動きが出るかもしれない。 違う見方をすれば当たり前になった加害者への精神鑑定を行うべきかどうかの判定にもなるだろうか。 正直、自分で行動してコミュニケーションが取れていた加害者がこの病気と診断されたことに疑問を感じるが・・・。 まぁ、「ありのままを隠さず伝える」という点では過去の事件の真相がわからないまま忘れていかれるよりは、ありがたい話だ。 今後の裁判ではおおかたこの"アスペルガー症候群"が持ち出されるだろう。 ところで加害者の親は自分の育て方やこの少年を非難するようなことをコメントしていたが、犯した事に本当にそう思っているなら精神鑑定どころか弁護する必要ないと思うのだが。 |
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